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「限界集落」考 [農村だより]

 10月14日木曜日午前

 仕込みが始まる前に、部屋の整理整頓をしながら、読みかけの本にざーっと眼を
 
 通しました。その中の一冊です。

    限界集落 吾の村なれば

    曽根英二著 日本経済新聞社刊 2010年4月22日 第一刷

 確か6月に長男の保護者会に三重県に行った際、京都駅の三省堂で買った本です。

 内容はとてもリアルで、我々の生活感・皮膚感をていねいに文章化しています。

 問題を挙げればキリがないので、どうやって中山間地の集落が生き延びていくか、

 その一点で拾った部分が次の文章です。

 (P.226)

 「一番問題なのは産業が成立しとらんこと。千屋はもともと『黒いものなら千屋』と言われて、

 千屋の炭だとか、千屋牛だとかあったけど、いまに至っては、国の農業政策、林業政策の

 誤りとかで産業が成り立たない。米価が安い、木材を切り出しても安うてお金にならん。か

 えってコストがかかるばかりで収入としては少ない。市街地とかへ弁当持って仕事に行った

 ほうがいいだろうと。千屋で産業が成り立っとらんから、雇用や職場がない。これが少子高

 齢化につながっている。解決策というのは逆にしていけばいいということになる」

 (抜粋終わり)

 地方、地域、中山間地に必要なのは、土木公共事業ではありません。生産活動としての

 産業です。「生産」なくして、安定した地域社会は成り立たない。山を切り崩し、道路をつくる

 公共事業は、本質的な過疎対策や雇用対策ではない。わかりますか、政治家の方たちに。

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 やっぱり批判がましくなりますね。でも、バカすぎますね、ほんとうに。
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